第19回 リタイア後の医療費にどう備えるか|公的医療保険と高額療養費制度をやさしく整理
1. はじめに:民間の医療保険に入っていれば安心なのか
第18回では、住宅修繕、車の買い替え、旅行など、退職後に発生するイベント費用について整理しました。
医療費も、退職後のお金を考えるうえで見落とせない支出です。
50代会社員の方にとって、リタイア後の医療費はまだ実感しにくい反面、将来への不安を感じやすいテーマではないでしょうか。
- リタイア後の医療費は、どのくらいかかるのでしょうか。
- 年金生活になってから入院や手術をしたら、家計は大丈夫でしょうか。
- 医療機関の窓口では、何割を負担するのでしょうか。
- 高額療養費制度とは、どのような制度なのでしょうか。
- 民間の医療保険に入っていれば安心なのでしょうか。
医療費は、病気やけがの内容、通院回数、入院期間などによって変わるため、将来の金額を正確に予測することはできません。しかし、日本には公的医療保険があり、医療費が高額になった場合には、高額療養費制度によって負担を抑える仕組みがあります。
リタイア後の医療費は、まず公的制度で負担が抑えられる部分を確認し、そのうえで自分で備える部分を考えることが大切です。
この記事では、退職後の健康保険、窓口での自己負担割合、高額療養費制度、制度の対象外となる費用、民間医療保険との付き合い方を整理します。
2. 結論:医療費は3つに分けて考える
リタイア後の医療費は、次の3つに分けると整理しやすくなります。
<医療費を考える3つの区分>
| 区分 | 主な内容 | 考え方 |
|---|---|---|
| 日常的な医療費 | 通院費、薬代、検査費など | 毎月または年間の生活費に見込む |
| 高額になったときの医療費 | 入院、手術、高額な治療など | 高額療養費制度を前提に自己負担額を確認する |
| 制度の対象外となる医療費 | 差額ベッド代、入院時の食事代、交通費など | 予備費として別に備える |
医療機関で示される医療費の総額を、すべて自分で負担するわけではありません。
公的医療保険による窓口負担と、高額療養費制度による上限を確認したうえで、日常的な医療費や制度の対象外となる費用を見込みます。
医療費への備えは、「公的制度で負担が抑えられる部分」と「自分で備える部分」を分けて考えましょう。
3. 基本知識:リタイア後の医療費を整理する7つの視点
① 退職後に加入する健康保険を確認する
会社員は、在職中は勤務先の健康保険に加入していることが一般的です。
退職後は、働き方や家族の状況などによって、加入する健康保険が変わります。
<退職後の主な健康保険>
| 加入先 | 主なケース | 確認したいこと |
|---|---|---|
| 再就職先の健康保険 | 再就職後の勤務条件が加入要件を満たす場合 | 保険料、加入時期、被扶養者の取り扱い |
| 任意継続 | 退職前の健康保険を一定期間継続する場合 | 保険料、加入期間、申請期限 |
| 国民健康保険 | ほかの公的医療保険に加入しない場合 | 保険料、軽減制度、加入手続き |
| 家族の健康保険の被扶養者 | 収入などの要件を満たす場合 | 収入要件、扶養認定の手続き |
| 後期高齢者医療制度 | 原則として75歳以上になった場合 | 保険料、窓口負担割合 |
任意継続では、在職中に勤務先が負担していた保険料分も本人が負担するため、保険料が高くなる場合があります。
国民健康保険料は、前年の所得や世帯構成、居住する自治体などによって異なります。
家族の健康保険の被扶養者になる場合は、収入などの認定要件を満たす必要があります。
退職後の健康保険は、保険料だけでなく、家族の加入状況や利用できる給付も含めて比較しましょう。
医療機関で支払う医療費と、毎月または毎年支払う健康保険料は、別の支出として考えることも大切です。
② 医療費の窓口負担割合を確認する
公的医療保険に加入している場合、医療機関の窓口で医療費の全額を支払うわけではありません。
窓口での自己負担割合は、年齢や所得状況によって異なります。
<窓口負担割合の基本>
| 年齢 | 原則的な窓口負担割合 |
|---|---|
| 69歳まで | 3割 |
| 70歳から74歳まで | 2割。ただし、現役並み所得者は3割 |
| 75歳以上 | 1割。一定以上の所得がある方は2割、現役並み所得者は3割 |
例えば、保険診療の医療費が10万円で、窓口負担割合が3割の場合、窓口での負担額は原則として3万円です。
ただし、実際の負担割合は所得状況などによって異なるため、加入している健康保険や資格情報などで確認します。
窓口負担割合は、年齢だけでなく、所得状況によっても変わります。
③ 高額療養費制度の基本を知る
高額療養費制度とは、医療機関や薬局で支払う保険診療の自己負担額が、1カ月の上限額を超えた場合に、超えた金額が支給される制度です。
主なポイントは次のとおりです。
- 1カ月は、毎月1日から末日までで計算する
- 上限額は、年齢や所得区分によって異なる
- 同じ月の医療費を世帯で合算できる場合がある
- 複数の医療機関や薬局の支払いを合算できる場合がある
- 直近12カ月に高額療養費の対象となった月が3カ月以上ある場合、4カ月目以降の上限が下がる「多数回該当」がある
例えば、2026年8月からの制度では、70歳未満で年収約370万円から約510万円の方が、1カ月に医療費総額100万円の治療を受けた場合、制度適用後の自己負担額は約9万3,000円とされています。
ただし、この金額は一例です。
実際の自己負担上限額は、年齢、所得区分、加入している医療保険などによって異なります。
高額な治療を受けても、保険診療の自己負担額がそのまま青天井で増える仕組みではありません。
④ 2026年8月からの制度見直しを確認する
高額療養費制度は、2026年8月診療分から見直されています。
主な変更点は次のとおりです。
- 所得区分などに応じた月額の自己負担上限額が見直された
- 長期療養者への配慮として、新たに年間上限が設けられた
- 年間上限は、8月から翌年7月までの1年間で計算される
- 多数回該当の金額は、2026年8月の見直しでは維持された
さらに、2027年8月にも所得区分の細分化などが予定されています。
そのため、高額療養費制度を利用するときは、過去の資料だけで判断せず、加入している健康保険で最新の上限額を確認する必要があります。
高額な医療費が見込まれる場合、マイナ保険証を利用すると、原則として、事前に限度額適用認定証を申請しなくても、窓口での支払いを自己負担上限額までに抑えられます。
マイナ保険証を利用しない場合などは、事前に限度額適用認定証が必要になる場合があります。
高額な治療が予定されているときは、受診前に加入している健康保険や医療機関へ手続き方法を確認しましょう。
⑤ 高額療養費制度の対象外となる費用を確認する
高額療養費制度の対象になるのは、主に公的医療保険が適用される医療費の自己負担部分です。
次のような費用は、原則として高額療養費制度の対象外です。
<主な対象外費用>
- 差額ベッド代
- 入院中の食事代
- 先進医療の技術料
- 保険外診療の費用
- 通院・入院時の交通費
- 入院中の日用品代
- 診断書などの文書料
例えば、保険診療の自己負担額が高額療養費制度によって抑えられても、差額ベッド代や食事代などは別に支払う必要があります。
また、月をまたいで入院した場合は、医療費が月ごとに分けて計算されます。
そのため、同じ入院であっても、入院した日や退院した日によって自己負担額が変わる場合があります。
高額療養費制度があっても、医療に関係するすべての支出が対象になるわけではありません。
⑥ 医療費を3つに分けて見積もる
リタイア後の医療費は、平均的な金額だけで判断せず、ご自身の現在の支出を基に考えます。
<医療費の見積もり方>
| 区分 | 見積もり方 |
|---|---|
| 日常的な医療費 | 現在の通院費、薬代、検査費を基に、毎月または年間で見込む |
| 入院・手術などの医療費 | 高額療養費制度の自己負担上限額を確認し、イベント費用または予備費として見込む |
| 制度の対象外となる費用 | 差額ベッド代、食事代、交通費などを予備費として見込む |
毎月の通院費や薬代は、毎月の生活費または年間の特別支出に含めます。
入院や手術などの費用は、高額療養費制度の上限を確認したうえで、イベント費用や予備費として考えます。
健康保険料は医療費とは別に見込み、介護費についても医療費とは別枠で考えます。
医療費は、「日常的な医療費」「高額になったときの自己負担」「制度の対象外となる費用」に分けると整理しやすくなります。
⑦ 民間医療保険の必要性を確認する
民間医療保険は、公的医療保険や高額療養費制度を利用しても残る負担に備える方法の一つです。
主な保障には、次のようなものがあります。
- 入院給付金
- 手術給付金
- 通院給付金
- 先進医療特約
- 診断給付金
現在加入している民間医療保険については、次の項目を確認しましょう。
- 保障内容
- 毎月または毎年の保険料
- 保障される期間
- 保険料の更新の有無
- 給付金を受け取る条件
- 免責期間や支払限度日数
公的制度を確認した結果、預貯金で対応できるのであれば、民間医療保険の保障を見直すという考え方もあります。
一方、健康状態によっては、いったん解約すると新たな保険に加入しにくくなる場合があります。
民間医療保険は、公的制度で不足する部分と、預貯金で対応できる範囲を確認したうえで判断しましょう。
保険料だけで判断せず、現在の健康状態や保障内容も踏まえて慎重に検討することが大切です。
4. 注意点:制度で抑えられる費用と自分で備える費用を混同しない
注意点1:医療費の総額をすべて自己負担だと考えない
公的医療保険に加入していれば、保険診療の医療費全額を自己負担するわけではありません。
窓口負担割合と高額療養費制度を確認してから、必要な備えを考えましょう。
注意点2:高額療養費制度で自己負担がゼロになるとは考えない
高額療養費制度は、自己負担額を一定の上限に抑える制度です。
上限額までの負担や、制度の対象外となる費用は残ります。
注意点3:月をまたぐ入院に注意する
高額療養費制度は、原則として毎月1日から末日までを単位として計算します。
月をまたいで入院すると、それぞれの月で自己負担上限額が計算されるため、負担が想定より多くなる場合があります。
注意点4:医療費・保険料・介護費を分けて考える
医療機関で支払う医療費、加入する健康保険の保険料、将来の介護費は、それぞれ別の支出です。
キャッシュフロー表に反映するときも、重複しないよう分けて整理しましょう。
注意点5:過去の上限額をそのまま使わない
高額療養費制度は、2026年8月に見直され、2027年8月にも見直しが予定されています。
実際に利用するときは、厚生労働省や加入している健康保険などで最新の情報を確認しましょう。
5. 自分ごと化:リタイア後の医療費を確認する10の項目
次の項目について、ご自身の状況を確認してみましょう。
- 退職後に加入する健康保険を確認しているか
- 退職後に支払う健康保険料を確認しているか
- 年齢・所得による医療費の窓口負担割合を確認しているか
- 自分の所得区分における高額療養費の自己負担上限額を確認しているか
- 2026年8月からの制度見直しと年間上限を確認しているか
- 差額ベッド代、食事代、交通費などの対象外費用を理解しているか
- 現在の通院費、薬代、検査費を確認しているか
- 入院や手術に備える予備費を考えているか
- 民間医療保険の保障内容、保険料、保障期間を確認しているか
- 医療費と健康保険料をキャッシュフロー表に反映しているか
このうち、特に重要なのは、1・4・10です。
- 退職後に加入する健康保険を確認しているか / 4. 高額療養費の自己負担上限額を確認しているか / 10. 医療費と健康保険料をキャッシュフロー表に反映しているか
この3項目を確認すると、「退職後の健康保険」「高額な治療を受けた場合の負担」「退職後の家計に見込む金額」を整理できます。
この記事を読んだ方は、まず、次の資料を用意してみましょう。
- 現在加入している健康保険の資格情報がわかるもの
- 過去1年間の医療費や薬代がわかる領収書・明細
- 現在加入している民間医療保険の保険証券や契約内容
そのうえで、次の3つの金額を書き出してみてください。
- 現在の年間医療費
- 高額療養費制度の自己負担上限額
- 入院時の対象外費用に備える予備費
6. まとめ:怖がりすぎず、制度と自己負担を分けて考える
リタイア後の医療費は、不安を感じやすい支出です。
しかし、公的医療保険や高額療養費制度によって、負担が抑えられる仕組みがあります。
<今日のポイント>
- 退職後に加入する健康保険と保険料を確認する
- 医療費の窓口負担割合は、年齢と所得によって異なる
- 高額療養費制度では、保険診療の1カ月の自己負担額に上限がある
- 2026年8月から月額上限が見直され、年間上限が設けられた
- 差額ベッド代、食事代、交通費などは制度の対象外となる
- 日常的な医療費、高額になったときの医療費、対象外費用に分ける
- 健康保険料と介護費は、医療費とは別に見込む
- 民間医療保険は、公的制度と預貯金を確認したうえで必要性を考える
医療費への備えは、不安だけで金額を決めるのではなく、公的制度を確認し、自分で負担する範囲を具体的にすることが大切です。
ご自身の場合、リタイア後の医療費や健康保険料をどのように見込めばよいか、医療費が今後の資産残高にどのような影響を与えるかを確認したい方は、キャッシュフロー表で時系列に整理するとわかりやすくなります。
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出典・参考(2026年9月26日現在)
厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて(令和8年8月診療分から)」
厚生労働省「窓口負担割合等のご相談窓口について」
厚生労働省「70歳から74歳の方の医療費の窓口負担についてのお知らせ」
厚生労働省「後期高齢者の窓口負担割合の変更等」
厚生労働省「マイナンバーカードの健康保険証利用のメリット」
全国健康保険協会「退職後の健康保険について」
全国健康保険協会「任意継続」
※本記事は、公的医療保険、医療費、高額療養費制度等に関する一般的な情報を提供するものです。
※実際の窓口負担割合、自己負担上限額、保険料、給付内容などは、年齢、所得、加入している医療保険、制度改正などによって異なります。
※医療保険制度や高額療養費制度については、厚生労働省、加入している健康保険、市区町村、医療機関などで最新の情報をご確認ください。
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