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年金の基本と活用

第35回 年金の繰り上げ・繰り下げ受給をどう考えるか|損得よりも長生きリスクへの備えで考える

1. はじめに:年金は早く受け取る方が得か、遅く受け取る方が得か

年金を何歳から受け取るか考えるとき、次のような疑問はないでしょうか。

  • 60歳から繰り上げれば、長く受け取れて得なのか
  • 70歳まで繰り下げると、年金額はどのくらい増えるのか
  • 何歳まで生きれば、繰り下げた方が得になるのか
  • 健康なうちに、早く受け取った方がよいのではないか
  • 65歳以降も働く場合、繰り下げた方がよいのか
  • 夫婦で同じ時期から受け取る必要があるのか

第34回で取り上げた「特別支給の老齢厚生年金」と、自分で受給開始時期を選ぶ「繰上げ・繰下げ受給」は、別の制度です。

年金の受け取り方を考える際、「何歳まで生きれば得か」は気になるところです。しかし、自分が何歳まで生きるかは、前もって分かりません。

公的年金は、長生きした場合にも受け取りが続く生活収入です。
受給額の増減だけでなく、受け取りを始めるまでの生活費と、高齢期の収入をあわせて考える必要があります。

この記事では、繰上げ・繰下げの基本的な仕組みを確認したうえで、50代会社員の方が受給開始時期を考える際の判断材料を整理します。

2. 結論:「何歳まで生きれば得か」より、年齢ごとの家計を見る

老齢基礎年金と老齢厚生年金は、原則として65歳から受け取ります。
受給要件を満たす方は、受け取りを早める「繰上げ受給」や、遅らせる「繰下げ受給」を選べます。

受け取り方 主な特徴 確認したいこと
繰上げ受給 65歳より前から受け取れる一方、年金額が生涯減る 早く収入を得る必要があるか。減額後の年金で高齢期の生活費をまかなえるか
65歳から受給 原則どおりの時期から受け取る 65歳までの生活費と、65歳以降の収支はどうなるか
繰下げ受給 繰り下げる年金は、待機中には受け取らず、受け取り始めてから対象となる年金額が生涯増える 待機中の生活費をまかなえるか。高齢期の収入をどの程度厚くしたいか

受給開始時期を考えるときは、次の順序で確認しましょう。

  1.  65歳からの年金見込み額を確認する
  2.  60歳から65歳までの収入と生活費を見積もる
  3.  繰り下げる場合は、年金を受け取らない間の生活費を確認する
  4.  80代・90代まで生活した場合の収入と資産残高を比べる

 判断の中心は「受給総額が最大になる年齢」を当てることではなく、どの時期にも家計を維持できるかを確かめることです。

3. 基本知識:繰上げ・繰下げを考える7つの視点

① 老齢年金は原則65歳から受け取る

老齢基礎年金と老齢厚生年金は、受給要件を満たす場合、原則として65歳から受け取ります。

そのうえで、受け取りを早める場合は繰上げ受給、遅らせる場合は繰下げ受給を検討します。

  • 繰上げ受給:原則60歳から65歳になるまでの間に請求し、減額された年金を受け取る
  • 繰下げ受給:65歳では受け取らず、原則66歳以降75歳までの間に請求し、増額された年金を受け取る

なお、第34回で説明した特別支給の老齢厚生年金には、繰下げ制度がありません。
「特別支給を受け取れるか」と「65歳からの年金をいつ受け取るか」は、分けて確認しましょう。

② 繰上げ受給では、早く受け取る代わりに年金額が減る

繰上げ受給を選ぶと、請求した時期に応じて年金額が減ります。

1962年4月2日以降に生まれた方の減額率は、1か月早めるごとに0.4%です。
2026年現在の50代の方は、この減額率の対象となります。

受け取りを始める年齢 減額率 65歳から受け取る場合を100%とした割合
65歳 なし 100.0%
64歳 4.8% 95.2%
63歳 9.6% 90.4%
62歳 14.4% 85.6%
61歳 19.2% 80.8%
60歳 24.0% 76.0%

この表は、1962年4月2日以降生まれの方が、65歳からの老齢年金を年単位で繰り上げた場合の基本的な割合です。

60歳から受け取れば5年早く年金収入を得られますが、減額率は生涯変わりません。
また、原則として老齢基礎年金と老齢厚生年金は同時に繰り上げます。

一方、60歳から65歳までの生活費が不足する場合や、予定していた時期まで働くことが難しい場合には、早く年金収入を得ることが生活を支える選択肢になります。
繰上げを一律に損と考えず、今必要な収入と高齢期に必要な収入を比べましょう。

③ 繰下げ受給では、遅く受け取る代わりに年金額が増える

繰下げ受給では、65歳から受け取らずに待った期間に応じて、1か月につき0.7%年金額が増えます。増額率は、受け取り始めた後も生涯変わりません。

受け取りを始める年齢 増額率 65歳から受け取る場合を100%とした割合
65歳 なし 100.0%
66歳 8.4% 108.4%
67歳 16.8% 116.8%
68歳 25.2% 125.2%
69歳 33.6% 133.6%
70歳 42.0% 142.0%
75歳 84.0% 184.0%

例えば70歳まで繰り下げると、対象となる年金額は65歳から受け取る場合に比べて42%増えます。
一方、65歳から70歳までの間は、その年金を受け取りません。

老齢基礎年金と老齢厚生年金は、別々に繰り下げることもできます。
また、加給年金額や振替加算額、在職老齢年金によって支給停止となる額など、増額の対象にならない部分もあります。

④ 損益分岐だけでなく、長生きした場合の生活を考える

繰上げ・繰下げを比べる際には、累計受給額が逆転する年齢が話題になります。
しかし、自分が何歳まで生きるかは分かりません。

ここでいう「長生きリスク」とは、想定より長く生活することで、預貯金などの資産が足りなくなる可能性です。
例えば、85歳までを想定した資金計画では十分でも、95歳、100歳まで生活する場合には、さらに生活費が必要です。

預貯金は取り崩すと残高が減ります。
一方、老齢年金は受給が始まれば、原則として生涯受け取れます。

累計受給額が何歳で逆転するかを参考にしながら、高齢期に毎月いくらの収入が続くかも確認しましょう。

⑤ 繰下げを選ぶなら、受け取らない間の生活費を確保する

65歳以降も働く収入がある、あるいは預貯金や退職金から生活費を無理なく出せる場合には、年金の受け取りを遅らせ、高齢期の年金額を増やす方法があります。

例えば、65歳から70歳までの生活費を給与や手元資金でまかない、70歳以降に受け取る年金を増やす考え方です。

ただし、繰り下げている間に使う資産が増えるため、年金額の増加だけを見て判断はできません。
また、働いている間に在職老齢年金によって支給停止となる老齢厚生年金の額は、繰下げによる増額の対象になりません。

待機中の資産の減り方と、受給開始後の年金収入を一緒に比べることが大切です。

⑥ 老齢基礎年金と老齢厚生年金は、別々に繰り下げられる

繰上げは原則として老齢基礎年金と老齢厚生年金を同時に請求します。
一方、繰下げは二つの年金について別々に選べます。

例えば、老齢厚生年金は65歳から受け取り、老齢基礎年金だけを70歳まで繰り下げる方法もあります。
この場合、繰下げによって増えるのは老齢基礎年金の対象となる部分です。

「両方とも65歳」か「両方とも70歳」かの二択ではありません。
それぞれの年金見込み額を分けて確認し、生活費をまかなえる組み合わせを考えましょう。

⑦ 最後はキャッシュフロー表で比べる

受給開始時期を決める前に、例えば次の三つを比べてみましょう。

  • 60歳から繰上げ受給する場合
  • 原則どおり65歳から受け取る場合
  • 70歳まで繰下げ受給する場合

比較したいのは年金の累計受給額だけではありません。
60代の給与、退職金、生活費、預貯金の取り崩し、配偶者の収入、高齢期の年金額を年齢ごとに並べます。

税金や社会保険料による手取りへの影響も見込める範囲で反映すると、受け取り方による家計の違いが分かりやすくなります。

「何歳まで生きれば得か」とともに、「長生きした場合も資産が足りるか」を確認しましょう。

4. 注意点:年金額の増減率だけで決めない

注意点1:繰上げ請求は取り消せない

 繰上げ受給を請求すると、減額された年金額が生涯続き、請求を取り消すことはできません。
国民年金への任意加入や保険料の追納ができなくなるほか、障害年金の請求などに影響する場合もあります。請求前に、ご自身に関係する条件を年金事務所などで確認しましょう。

注意点2:繰下げ中の生活費を先に確保する

70歳まで繰り下げるなら、65歳から70歳までの生活費を給与、退職金、預貯金、配偶者の収入などでまかなう必要があります。
「70歳から42%増える」という数字を見る前に、年金を受け取らない5年間の収支と資産残高を確認しましょう。

注意点3:加給年金・振替加算や在職中の扱いを確認する

老齢厚生年金を繰り下げている間は加給年金額を、老齢基礎年金を繰り下げている間は振替加算を受け取れません。
これらの金額は繰下げによる増額の対象にもなりません。
また、働きながら老齢厚生年金を繰り下げる場合、在職老齢年金によって支給停止となる額は増額の対象外です。
配偶者の年齢や働き方、ご自身の給与もあわせて確認しましょう。

注意点4:増額後の年金は手取りでも考える

繰下げによって年金額が増えると、税金や医療保険・介護保険の保険料、医療・介護サービスの自己負担に影響する場合があります。
額面の年金額が増えた分だけ、手取りが増えるとは限りません。
家計を比較する際は、税金・社会保険料を含めた手取りの見込みも確認しましょう。

注意点5:夫婦で同じ受け取り方にそろえる必要はない

夫婦でも、年齢、年金見込み額、働く期間、健康状態などは異なります。
一方が65歳から受け取り、もう一方が繰り下げることも考えられます。
それぞれの年金を別々に確認したうえで、夫婦の収入と資産を一つの家計として比べることが大切です。

5. 自分ごと化:受給開始時期を考える10の項目

次の項目について、ご自身の状況を確認してみましょう。

  1.  65歳から受け取る老齢基礎年金と老齢厚生年金の見込み額はいくらか
  2.  60歳から65歳までの生活費を、どの収入や資産でまかなうか
  3.  65歳以降も働く予定があるか。その場合の給与はいくらか
  4.  繰り下げる場合、受け取らない間の生活費をどうまかなうか
  5.  預貯金や退職金を取り崩しても、必要な資産を残せるか
  6.  80代・90代に毎月いくらの収入を確保したいか
  7.  配偶者の年齢、年金見込み額、働き方を確認しているか
  8.  加給年金・振替加算や在職老齢年金など、ご自身に関係する条件を確認したか
  9.  繰上げ・65歳からの受給・繰下げの各ケースで、手取りと資産残高を比べたか
  10.  受給開始時期について、夫婦それぞれの希望を話し合ったか

このうち、まず確認したいのは、1・2・9です。
1. 65歳からの年金見込み額 / 2. 65歳までの生活費 / 9. 受け取り方ごとの手取りと資産残高

年金見込み額を出発点に、受け取りを早める必要があるか、遅らせる余裕があるかを確認します。
繰下げを検討する場合は、4. の「待機中の生活費」も欠かせません。

まずは、ねんきん定期便やねんきんネットで年金見込み額を確認し、退職予定時期から65歳までの収入と生活費を書き出してみてください。

6. まとめ:年金は「長生きしたときの収入」として考える

年金の繰上げ・繰下げ受給に、すべての人に共通する正解はありません。
早く受け取れば60代前半の収入になりますが、年金額は生涯減ります。
遅く受け取れば高齢期の収入を増やせますが、待機中の生活費が必要です。

<今日のポイント>

  • 老齢基礎年金と老齢厚生年金は、原則として65歳から受け取る
  • 繰上げ受給は早く受け取れる一方、年金額が生涯減る
  • 繰下げ受給は受け取りを遅らせる一方、対象となる年金額が生涯増える
  • 2026年現在の50代の方の繰上げ減額率は、1か月につき4%
  • 繰下げ増額率は、1か月につき7%
  • 「何歳まで生きれば得か」は、判断材料の一つにとどめる
  • 繰下げを検討するときは、待機中の生活費と資産の取り崩しを確認する
  • 老齢基礎年金と老齢厚生年金は、別々に繰り下げることもできる
  • 加給年金、在職老齢年金、税金・社会保険料の影響も確認する
  • 最後は、複数の受け取り方をキャッシュフロー表で比べる

大切なのは、60代の生活を支える収入と、80代・90代まで続く収入の両方を考えることです。
年金額が何%増えるか、あるいは何歳で累計額が逆転するかだけでは、ご自身の家計に合う受け取り方は分かりません。
まずは65歳からの年金見込み額と、退職後の生活費を確認しましょう。そのうえで、繰上げ・65歳からの受給・繰下げの各ケースについて、給与や退職金、預貯金の使い方を年齢ごとに比べてみてください。

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出典・参考(2026年10月16日現在)

日本年金機構「年金の繰上げ受給」
日本年金機構「年金の繰下げ受給」
日本年金機構「老齢基礎年金の受給要件・支給開始時期・年金額」
日本年金機構「老齢厚生年金の受給要件・支給開始時期・年金額」
日本年金機構「在職老齢年金の計算方法」
日本年金機構「加給年金額と振替加算」

※本記事は、2026年10月16日現在の公表情報をもとに、一般的な情報を提供するものです。
※実際の受給資格、年金額、繰上げ・繰下げの可否や影響は、生年月日、加入記録、働き方、ほかの年金の受給権などによって異なります。
※受給開始時期を決める前に、ご自身の年金記録と最新の制度を日本年金機構などでご確認ください。

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